与謝野晶子と与謝野鉄幹の愛

与謝野晶子と与謝野鉄幹は夫婦でした。しかも不倫から始まる。翌年結婚します。

妻も愛人もいた鉄幹です。略奪婚と言われていましたが、現代では略奪愛といわれています。実際は妻とは別居中であり、愛人林滝野と同棲中の出会いから始まります。

何度か明治時代の女性という題材で本を読んだことがありますが、当時の不倫は法的にも厳しく女性にとっては罪なことでした。
それでも、情熱的な恋愛をし、逢瀬をしながら、恋を実らせるという当時の恋愛の物語の記憶があります。

学生時代は、与謝野晶子といえば、女性権利の事を習っていたので、この恋愛的な部分については、幼いころの私には心の部分までついていけなかった記憶があります。

与謝野晶子は「みだれ髪」という短歌が有名です。「やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君」というのがかなり衝撃的です。内容は「寂しくないですか?道ばかり説いて、私の情熱に燃える柔肌に触れもしないで」と私は解釈しましたが、21才から22才頃の晶子の歌です。情熱的な激しさが伝わってきます。

この恋愛ですが、晶子が22才、鉄幹28才の時に結婚しました。やがて落ちぶれていくかのような夫を支え続ける妻の強さを教えてくれる人でした。

出会った頃から二人の性格の部分をリーディングしてみたいと思います。
与謝野晶子(志よう)21才の頃は
「与謝野晶子としてだと、握りこぶしをもった女性というイメージが見えてきますが、志ようの名前でリーディングすると、女性らしさが見えてきます。押し倒したいくらい愛していたという事が伝わってきます。でも、さすがに押し倒すなんてことは出来ないので、愛情を伝えることを考えている人」
だったように思います。伝えたいんです。今ということを。

その後、パリに行って見てきたことの刺激も伝えたい。自分は「伝える」という事が彼女の全てだったように思います。

与謝野鉄幹(寛)27才の頃は
「太宰治的な感じが似ています。どことなく、なよなよっとした、精神的にも繊細で、女性から守ってあげたくなるような、私じゃなきゃダメでしょ?と女性が強く思わせるようなタイプ」
だったように見えます。
こういう男性はモテるよな~と思いました。今のモテる人とちょっと違うんですよね。

与謝野晶子は鉄幹の為にと尽くす女性であり、こぶしを握る人でもあったんです。殴るんじゃないですよ。強く信念をもって押し通していくエネルギーを持っていたんでしょう。

晶子は夫への気持ちはずっと「私じゃなきゃダメでしょ?」という気持ちが最後まで続いていたように思います。
だから夫を支え続けていられたんだと思います。
以上はあくまでも、私のリーディングと感想です。

次の歌は晶子の晩年に詠ったものです。

「君がある西の方よりしみじみと憐れむごとく夕日さす時」
夫が亡くなってから、沈んでいく夕日を見ながら、夫への想いをよせて、自分の「寂しい」という気持ちを あなた(西日)から照らされているような気持ちを詠ったのではないかと想像します。

いつも片時も離れない夫への気持ちは情熱から慕情へと愛が変化したように受け止めました。