下山事件

1949年国鉄総裁・下山定則が突然失踪し、翌日、常磐線の線路上で轢死体となって発見された事件がありました。

この事件の最大の謎は、自殺だったのか、他殺されたのか。謎を残したままです。
下山定則は日本の鉄道官僚。運輸次官を経て、1949年6月1日、日本国有鉄道総裁(初代)などを歴任しています。

7月1日には、国鉄発足前日に成立した行政機関職員定員法に基づき、空前絶後の職員約10万人の解雇を決定、7月4日には組合側に、第一次整理の3万700人を通告しました。

しかし、翌7月5日に三越日本橋本店に入った後に消息を絶ち、捜索願いが出されたが翌日6日未明に、東京都足立区の常磐線と東武伊勢崎線が交差する付近で、轢死体となって発見されました。行方不明および死亡の理由は不明であり自殺説、他殺説両方が飛び交いましたが、いまだに未解明のままという事件です。

7月5日の失踪の足取りは、 朝

  • 下山定則は自宅を公用車で出発。
  • 国鉄本社へ向かうはずでした。
  • ところが、途中で運転手に行き先を変更させ、日本橋の三越へ向かいます。
  • 午前9時37分頃、三越で車を降り、「5分くらいだから待ってくれ」
    と運転手に告げて店内へ。
  • そのまま行方が分からなくなりました。

7月6日 未明

  • 常磐線の北千住駅―綾瀬駅間の線路上で、下山の遺体が発見されました。

私のリーディングです。下山氏はこんな風に言っています。

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