生麦事件は薩摩藩のプライドだった
1862年9月14日、イギリス人4人と遭遇し、イギリス人商人チャールズ・レノックス・リチャードソンが殺害された事件です。
これがきっかけで英国と翌年、薩英戦争になりました。
事件の発端は、薩摩藩主・島津久光の行列が生麦村(現在の横浜市鶴見区)を通行中のことで、日本中では大名行列があれば、横に座って頭を下げて通り過ぎるまで待っているのがしきたりでした。
外国商人はそのことを知らず、通り過ぎていくところ、忠告に無視をしたので、薩摩藩士・奈良原喜左衛門が刀を抜き、切りつけたという事です。
生麦のキリンビール工場の横に記念碑が立っています。大きな道路沿いで、目立ちはしないのですが、歩道を通りかがると「ここが…」と足を止めるような場所にあります。
その場面をチャネリングしてみたいと思います。
イギリス人4人います。2頭の馬が見えてきます。二人が馬の手綱を引っ張っています。
- チャールズ・レノックス・リチャードソン → 馬に乗ったまま
- マーガレット・ボロデール → 馬に乗っている
- ウィリアム・マーシャル → 馬を引いている
- ウッドソープ・チャールズ・クラーク → 馬を引いている
当時の旧東海道の道は狭いです。馬と手綱を引っ張っている人でかなり幅をとります。
大名行列と「鉢合わせ」になってしまったビジョンです。
シルクハットをかぶったリチャードソンに「降りろ」と話しているのですが、道が狭いゆえ、通り抜けができないと判断した彼らは、馬から下りずに、元来た道にUターンします。そうすると、大名行列の先頭にイギリス人が馬に乗って歩いていることになります。
薩摩藩の行列より上位に位置するような恰好になるので、無礼だぞと奈良原が斬りこんだように見えました。
彼は馬から落ちて、切りつけられながら、走って逃げていきます。奈良原は後を追いかけようとしたのですが、列が乱れるので、そこまでしません。
でも、逃げたけどリチャードソンは力尽きて死んでしまいます。
その位置が高速道路と一号線の交わっているところあたりになります。
資料では、馬はUターンではなく、突き進んだという事になっているようですが、狭い道なので、行列の中に入るのは無理だと思います。この辺りは歴史的な記述とは違いますが、かなり、リアルに私は見えてきました。
勿論、私のリーディングによるものなので、事実という根拠になりません。
しかし、いつも思うのが、このように食い違いが出るのが面白いと私は思います。






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