20年前のブログを読み返しました④鏡
2006/7/7(金) 午前 11:50に書いています。ヤフーブログ内に書いていました。
「鏡」もう少し詳しく調べます。
紀元前(中国前漢時代)と言われています。弥生時代から古墳時代にかけて中国の後漢・三国・六朝の鏡がたくさん入ってきました。有力な豪族たちの宝物や祭事の器として珍重していました。古墳時代には日本製の鏡もでき、3~4世紀に入ってから作られ「倣製鏡」になります。これらの鏡を鋳造した時の重さおおよそ5kgの重さでした。
役割は、祭祀の道具、首長の権力の象徴、魔除けなどに使われていたと言われています。
鏡の怖い部分があることが下記では書かれていますが、さて今の私が鏡をリーディングしたら、どうでるのか、最後の方に書きます。
こんにちは。
かつては、青銅で作られた鏡が神様として祀られていました。
自分の顔が見えない、後姿が見えない時代から、鏡というものを知り、自分の姿を映し出すのを見て、
神様が宿って姿を現してくれたと信じさせてくれたのでしょう。かつての青銅で作られた鏡を視ていると、爪の伸びた両手が見えてきます。
不気味ですね。その手が、丸い鏡の周りを撫でています。闇で視るとその手が出てくるような気持ちになります。
鏡は光を集めその魔を封じ込めているかのように見えるのですが・・・。
明るい時の鏡はいいけど、暗闇の鏡は不気味ですね。神社に祀られる鏡ですが、
姿が見える鏡とは、心を映し出すという意味に感じます。感謝の気持ちがあれば、
そのまま跳ね返り、自分が救われます。
恨みがあれば、その念も跳ね返り、自分に災いが降りかかります。神様が居なくなる夜の境内の木に五寸釘が打たれるのももしかして
魔神と関係しているのかもしれません。すいません。これ以上鏡をリーディングしていくのが怖いです。
魔界と繋がる鏡を見ているからかもしれませんが、鏡はあちらの世界と繋がる道具です。
さて、今これを読んでから、現在の私がリーディングを改めてしてみます。
鏡は真実を映し出すという事を信じられており、青銅の鏡は占いにも使われていたように思います。
ガラスから出来る鏡はガラスのゆがみに影響するので、真実を映し出すということには使えないので、次第に占い関係には使わなくなってしまったらしいと感じます。
ガラスでも青銅でも人の目に見えないものを映し出しているようです。
振り返って、今読み返すと、当時の私は「見えること」よりも、「見えてしまうこと」を怖がっていたんだと思います。
見えないものが見えてきたからだと思います。
人の念も形になって見えてくるという事でしょう。
当時はまだ、幽霊とか、魔物とか怖かったんだと思いますね。
鏡に関わらず、魔物や人の念などはその辺に、うようよしているように私には見えます。
そこに入ってしまうゾーンがありその瞬間があるのだと感じます。
ゾーンって?と思われそうですが、うようよしている位置、時間とかを指しています。
何故かいつもなら平気なのに、今この部屋が怖いと思う事ありませんか?
見えないから、知らずにゾーンに入ってしまうんですが、その時も、跳ね返す気持ちを持ち合わせていれば怖くないんですけどね。
「怖い」と思うと、相手は喜ぶのは確かです。だから、怖くないという姿勢が一番魔除けになるようですよ。






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