何故真珠湾だったのか

山本五十六氏にリーディングで尋ねてみました。何故真珠湾なのか

「日本の領域のぎりぎりの部分がここ(真珠湾)で、だから、待ち構えているとしたら、ここだろうと予想できます。また、こちらの戦略は細かく確実に小型化したもので攻撃し、沈没させるというやり方をしました。その成果が見れたら、このやり方は間違っていなかったと見なせます。」

源田実氏に聞きます。その作戦とは?

「空母を打ち落とすには空だけではダメです。魚雷とかも使わないとなりません。そのあたりは念密に練ったつもりです。」

実際には空母はいませんでしたが。

南雲忠一氏に聞きます。当時の現場の指揮官だったと思いますが、第三次の攻撃をやりきらずに引き返しましたが、その理由はなんですか?

「本命の空母がいないとなれば、ここで戦力を使い切るわけにいかないし、ある意味、攻撃もこれ以上出来ないと判断して戻ったわけだが、そのことで失敗したということは重々わかっている。でも、あの時、残りの我々の戦力を消耗する事の危険を冒してまで、攻撃するだけの価値があったのかと思うとやはり、あの時のは判断はやむを得なかったと言えた」

山本五十六氏はこの時どのように考えたことでしょうか。

「アメリカを舐めているな(甘く見るな)と思いました。そんな甘ったるいことで勝ち目などあるわけがない。」と。この時点でこのままの考えだと負けるだろうと悟っていたのかもしれませんね。
当時の生々しい様子を理解できるように思いました。

多分話し方にも彼ららしさも出ているかと思います。山本氏、源田氏は敬礼をしてくださいました。何故ですか?と聞くと、山本さん、源田さんと呼ぶ人はいないですから。というお応えでした。南雲氏は敬礼していなかったなと思います。
なんとなんく人柄が見えてきますよね。

しかし、あくまでもこれは私のリーディングで受け取った内容であり、歴史的事実を証明するものではありません。