山一證券の最後をリーディングしてみました。

リーマンショックの11年前に山一證券は倒産しています。
バブル崩壊(1990~1993年)によって、多くの金融機関が大きな損失を抱えました。
山一證券もその影響を受け、1997年に自主廃業となります。

当時の社長 野澤正平氏「社員は悪くありません」という会見がありました。
インパクトありました。

では、当時の損失隠しを始めた経営陣の心理をリーディングしていきたいと思います。
前社長 三木 淳夫氏 会長 行平次雄氏

からやっていきましょう。

三木氏「すぐ返せると思って、赤字を伝えない様にした。これは今後の引き金になりかねないと思ったからだ。申告すれば暴落するのは間違いない、ますます赤字になってしまう。何とか数年で盛り返せると信じていた。いや、しないといけないと思っていた。しかし、ますます悪化してしまった。土地も株もバブルはやってこなかった」

行平氏「なんとか耐えなければと思っていた。借金が増える一方だと言うのも理解していたけど、社員解雇も出来ないし、私にはどうにもならないから、社長交代でなんとかしてほしいと願っていた。野澤氏には大変な思いをさせてしまったと思う。また、社員も恐らくうすうす感じていただろう、こんな状態で大丈夫なのか?と思っていたと思う。彼らは優秀な人材だから、分からないわけがない。そんな、噂もちらほら出始めていたと思う。幹部同士で話し合ったとき、もう、ダメだろうという事になった。
損失を一時的に別会社へ移し(飛ばし)、その会社を整理すれば山一本体への影響を抑えられるのではないかと、甘い考えがあった」と言っています。

それでずっと隠していたんですね。最初に飛ばしを決めたとき、本当に戻せると思っていましたか?
「景気が簡単に上がると想像していたし、回復すれば元に戻す気で始めた」

もうダメだろうということになったという事ですが、具体的にどこで引き返せなくなりましたか?
「社内で噂が出始めたことろだ。社員でも噂しているというのを聞いたときから、もうダメだと感じた。」

一番申し訳ないと思っていた相手は誰ですか?
「社員は勿論、迷惑をかけた人達にお詫びします。世間を騒がせたこと全てに対して申し訳ないと思います。」

もし社員全員に一言だけ伝えられるなら、今、何と言いますか?
「信じていてくれていたんだろうに、本当に期待を裏切って申し訳なかった。」

経営陣は会社を守ろうとして始めた判断が、結果として社員や顧客、多くの人を巻き込む結果となりました。

だからこそ、野澤社長の「社員は悪くありません」という言葉は、多くの人の心に残ったのかもしれません。

これは私がリーディングで受け取った内容であり、歴史的事実や当事者の実際の発言・意図を証明するものではありません。