悪者を作りたがる心理
SNSで流れてくる内容に、悪者を見つけた、黒幕はこいつだ、政治にしても、マスコミにしても悪者がいるという事をネタにする人が多いように思います。
正直、事件とかも、こいつが犯人という内容に結構人は関心が向くように思います。
そういうのを読んでると、私自身の気持ちも自然と下がっていて、料理とか、動物とかをみて、気持ちを切り替えたりすることがあります。
特に、個人的にも自分は悪くないという印象付けなのかわからないですが、
事実にないことを思い込みで人に伝え、「悪人」を作ることをしていることがあるのではないかと思います。
言い換えれば、言ったもん勝ちで、それを信用する人たちが周りにできることで、自分を守っているという気持ちです。
しかも標的になるような人は本当はいい人だったり、弱い人だったり、悪口を広めている理由は、妬みや僻みから始まるなんてことはよくあることではないかと思います。
独りで悔しいとか、憎いとか、僻みや妬みを抱いているなら、なんの害もなく、正直「勝手にどうぞ」の分野ですが、人を巻き込んでくると話は変わってきます。
勿論、本当の悪者を伝えて、「自分の身を守って下さい」という説明ならわかります。陰で貶めるようなことを話す人の事を対象に話しています。
そんな気持ちになる理由をリーディングしてみました。
そこには、集団という心理が人は持っていて、良い仲間に入るのか、悪い仲間に入るのかの違いだそうです。なるほどと感じます。
中には、自分を善人に見せるために悪者を作る人がいます。
そして、その言葉に周囲が流されることで、事実とは違う評価が広がり集団化していじめと発展する可能性も否定できないと思います。
あえて、そういう集団化を悪い仲間とすれば、その仲間に入る人は悪口に対して敏感で、噂好き、自分より劣る人を作りたがる傾向があるように思います。
要するに、自分の方が上位という縦の線を作りたがる人です。
だから、すぐ悪い噂は広がり、聞いた人は洗脳されて、標的となる人が仲間外れまで発展していくのだと思います。中には「仲間外れにようぜ」という人すらいます。
何の証拠もないのに、自分で確かめもせず、言った人の気持ち一つで、噂は嘘で広まります。「それは正しいのか?」と確かめもしない。
それを信じて、そうなんだと仲間になる人もその縦の線を重視している人。
横の線を大切にする人は支配的な考えを嫌いますから、「自分は善人だとあの人は悪人だ」という他人からの評価の話より、自分の基準をきちんと持っていると思います。
結局はその基準と合う人と気が合うという仲間ができるのだと思います。縦の集団も、横の集団も気が合うから集まるのです。
標的を作りたがる心理の奥には、自分は被害者になって周りから守ってもらいたい、あるいは、庇ってもらって安心するという事がおきているのではないでしょうか。
しかも、「自分は被害者だけど、耐えているの」と被害者ぶる人は結構多く、「ひどいと思わない?」と他人に同情を求めることを言って、悪者を作っていく傾向があるように思います。
そして、聞いている方も善人になった気分になり、同情していく、そして集団化する。何も疑いもせず事実関係も確認もしないというのが大抵ではないでしょうか。
一方的に攻撃している人も同じで、「自分は善人で、お前は悪人」という縦の線を付けたがる。これって上記と同等で支配関係です。
お前は低い人間と高低のレッテルを張りたがる。魔の世界です。
実際に悪人がいますから、その評価が正しいことも勿論あります。その話ではありません。自分保護のための悪人づくりの話です。
自分は可哀想と言えば、同感してくれる人を無意識に選んで噂が広がります。反対意見を言う人には、こういう話をしないというように、話す人を選んでいるんだと思います。
アルゴリズムのSNSも興味ありそうなことを流しますから、ますます、縦の仲間同士になる傾向が心配されます。
嘘の情報なのか、正しい情報なのかの基準を持っていないと流されて、騙されて、縦の社会の支配関係ができてしまうのです。
「悪者を作る人」は昔からいました。
しかし、「その言葉を信じる人」がいなければ噂は広がりません。
本当に必要なのは、誰が善人で誰が悪人かの上下を決めることではなく、
「その話は本当なのだろうか」と一度立ち止まって考える力だと思います。
自分軸とは、自分勝手になることではなく、周りの評価に流されず、確認するなど、自分で判断する力なのだと思います。
これからの人間関係は自分軸をきちんともって、社会生活を送ることを目指していく必要があるように思います。
自分軸をつくる訓練ができる環境をどう作るかが課題と言えます。






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