金剛組が1428年も続いた理由
創業者の名前金剛重光です。聖徳太子が百済から呼び寄せて来た人。
2006年まで金剛家が継いでいました。現在は別会社の傘下になっています。
何故こんなに永く代々続いていったのでしょうか。リーディングするのがすごく楽しみです。(自分でいうか)
①当時、彼の技術は並ではなかったようです。他の宮大工にはない技術です。四天王寺建立が最初という記録があります。
木造で高層物をつくることを今まで見たことが無いそんなものが作れるという事に他の宮大工の人達は驚いているのが見えます。
名前はそれで有名になったように感じます。初めは見向きもされなかったのに、出来上がったら彼の技術を求めて弟子になる人、沢山の職人が集まりました。
木を組み合わせ、高層物をつくるというのが貴重なものだったようです。
現在の宮大工と違うのは機械を使わず、鋸やノミなので作り上げていくのは並大抵ではなかったことが見えてきます。
②次は、創業者の名前、金剛重光氏をリーディングしてみます。姿ですが、角が丸くなった楕円系の黒い帽子をかぶっているのが見えます。少しふくよかな丸顔のような感じがします。彼が日本に来ることになったのはよほど仲良くなった日本人がいたようです。誰かと両手で手を取り合って「約束します」と言っています。
そして約束通り、彼が日本に来ました。
③1400年の伝統を守られたのは何故でしょうか。
39代金剛利隆氏にリーディングから話を聞きたいと思います。「金剛家だけが受け継いだ手法がありました。これは代々家系だけが手掛けるというものを守り通していました。今はその手法が無くても、安くて恰好がいいものを求めていく時代になり、古い伝統のものでなくても構わない、むしろ現代の作りの方が早く、安いコストで仕上がる方を選ばれるようになってしまった。古い伝統の時代ではなくなった」というように語っていました。
以上の内容は私がリーディングで受け取った印象であり、歴史的事実を示すものではありません。





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