アファンタジアな人
頭の中で映像化ができない人のことです。
もっとも脳みそが映像化を作り出すわけですから、人それぞれ映像が違うというのもわかります。個性もあります。
例えば「鳥を思い浮かべて」と言われたら、飛んでいる鳥、白鳥、枝に留まっているシマエナガを想像するなど、頭の中に描くものは皆違います。
これを突き詰めていくと、目の前のものは虚像なのかもしれないとまで思えてくるから不思議ですね。何が本当で何が嘘なのか、目の前のものが立方体に見えていても、脳が作り出している形なので、実際は違うかもしれない。触って、四方八方から眺めて、初めて立方体というものはこういうものなんだと理解しているわけで、その認識があるからこそ、目の前のものを一目見て、多分これは立方体だろうと予想しているに過ぎないわけです。
でも・・・果たして本当なのか?はまた別問題だということになりませんか?だって誤認識って実際あるじゃないですか。
さて、話を本題にもどしますと、アファンタジアの人は「鳥を思い浮かべて」と言われたら、思い浮かべられない人を指します。勿論、写真や絵や実物でも見ています。しかし、空想のビジョンができない人がいるのです。そういう人でも夢は見るそうです。でも、意識的に空想の画像が出て来ない人がいるのです。同じ空想でも、鮮明に見える人、ぼんやりと見える人と違いもあります。
https://aphantasia-jp.com/aphantasia/
上記で詳しく説明していますが、
視覚イメージがどのくらい鮮明なのかを区分しています。
① 全くイメージがわかなくて,ただ自分が対象について考えているということを「わかって」いるだけである。
② ぼんやりしていて,かすかである。
③ 中くらいの明瞭さと鮮明さである。
④ 明瞭で,かなり鮮明である。
⑤ 完全に明瞭で普通に見えているのと同じくらい鮮やかである。
と、例えば机の横に座っている人の顔が思い浮かぶか、その人の服の色、柄が思い浮かぶか。今日の朝食べたものが思い浮かぶか。などをどの程度鮮明に頭に浮かぶかというのを研究によって明らかにしたのが、2015年イギリスの神経学者ゼーマンの論文です。まだ新しい命名ですね。
アファンタジアの人はこういう風にいいます。
リンゴを思い浮かべてくださいと言われても、目を瞑ったらただ真っ暗で何も見えないし、目を開けていたら目の前に存在するものしか視界に映らないのである。
「頭の中で想像したものが目の前に浮かんでいる」なんて状態が、僕には一切イメージ出来ないというわけだ。
僕は小説を読んでいても、登場人物の造形や舞台となる小説世界の風景などが一切頭に浮かばない。
例えば、「肩までの髪を綺麗になびかせ、朝日が燦々と降り注ぐ浜辺を颯爽と走り去っていった。」
みたいな文章を読んでも、人物も太陽も浜辺も何も出てこないのだ。ただただ文字を追っているだけで、
「文字情報が脳内に取り込まれていく」みたいな感じでしかない。
「髪がなびいてるんだな」「浜辺を走ってるんだな」と思うだけである。
だから僕は昔から、「小説が映像化・アニメ化された時に『イメージと違う!』と憤っている人たちの感覚」がまったく理解できなかった。
「文字を読んだだけで、そんな具体的に人物の顔が思い浮かぶわけないだろ」みたいに感じていたからだ。
しかしみんな、一体どのぐらいのレベルで人物像が浮かんでいるのだろうか。
僕の場合は、小説の登場人物に対して何のイメージも持っていないので、ドラマやアニメなどで具現化された際には、
「なるほど、こういう造形をしたのか」みたいに思うだけである。
僕は最近映画ばかり観ているが、観た映画についても「映像として思い返すこと」は出来ない
(これも上手くは説明できないものの、「こんなシーンがあったな」みたいな漠然としたイメージにはアクセス出来るが、しかし映像が浮かんでいるわけではない)。
ただ、「鑑賞後に感想を書く」という習慣を経由することで「文字情報として内容を記憶出来ている」のだと思う。
上記引用
https://note.com/bunko_x/n/nda52cc0b260f
もしかしてと思った方は目を通してみるといいかもしれません。
別にこれが病というわけではありません。知能が低いということでもありません。
個性なんだとしか言えないです。






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